はじめに
石田衣良さんの文章は引き込まれてスイスイ読めてしまいます。今回は魅力あふれる親指の恋人について語っていきたいと思います☆
時代背景は2008年ごろ。15章からなり携帯小説のようにスラスラと読める構成になっています。本作品を数行で要約すると、「携帯電話の出会い系サイトで出会った二人。生まれも育ちも何もかもが違う2人が互いに惹かれ合い、格差を乗り越え、幸せを手に入れるため行動するが、次々と立ちはだかる壁の数々に翻弄され・・・二人が選んだ決断に涙する。」
・・・とこんな感じでしょうか。題名にもある通りガラケーを親指で操作して出会ったということで現代版に直すとフリックの恋人とかになるのでしょうか?とまあこんなことは置いておいて。
石田衣良さんの作品は2冊目になります。高校生の頃に読んだ「ブルータワー」に感銘を受けて気になってはいたのですが今回久しぶりの石田ワールドに浸っていました。
正直、お金持ちと貧困層の二人が出会って恋をしてそして最後の時を迎えるとベタな設定にベタなストーリーなのですが、読了後にこれまでにないくらい込み上げるものがありました。
なんでこんなに胸がいっぱいになったのか自分でも分からなくて整理してみようと思い本記事を執筆しました。皆さんのご意見も聞きたいのでコメントからどしどし送ってください。
今回のレビューです
読みやすさ・・・★★★★
ストーリーの緻密さ・・・★★★
読了後の感銘・・・★★★★★
以下考察です。
街並みの描写
本作では主人公たちの生活する街並みの描写が多く出てきます。例えば御曹司の澄雄の自宅は六本木ヒルズにある高層タワーの37階。初めてきた樹里亜が迷ってしまうほどの広さのマンションに住んでいます。エレベーターで下に降りればいくらでも良質なレストランがあり、困ることは何もありません。
一方の樹里亜の住む街は横浜郊外。緑色の外壁が印象的な公団です。駅から歩いて15分程。丘を越え坂を登りたどり着くその家はどこか物憂げさを醸し出しているようです。樹里亜の服装が東京と合っていないなどとやたら横浜が田舎扱いされていたのは疑問に感じましたが(山下公園に歩いて行けるってめちゃいい立地じゃないか?!)、やはり二人の住む世界が違うことを強調する描写が多くみられました。
それぞれの家庭環境
六本木ヒルズのレジデンス棟に住む澄雄
全く別世界に住む二人ですが、各々が複雑な事情を抱えています。澄雄は父、継母との3人暮らし。母亡き後に継母となった女性は澄雄と1回りしか違わず、当然親子と呼ぶにはよそよそすぎる関係になっています。父親は大手銀行の社長で電車の広告で父親のボーナスの額を知る(7億円!)というとんでもない成功者として描かれています。
仕事で忙しく顔を合わせることもままならないが、澄雄に愛情がないわけではなく、忙しい間を縫って一緒に食事したり、就職先の相談には乗ってくれます。ただ、それは父親の思う理想の息子としてのルートを提供するだけで、樹里亜が20歳でパン工場で働いていると聞いた時は露骨に不快感をあらわにし、息子に近づかないよう遠回しに発言しています。
父親と息子はお互いに分かり合えないと感じ、家族でありながらも見えない大きな壁が二人を違う世界のものにしています。
同じ家に住みながらも家族の絆が感じられず、物質的には恵まれていることも相まってより一層空虚な雰囲気を醸し出しています。
この非現実的過ぎる描写がまたこのストーリーを引き立てているのでしょう。
パン工場で働く樹里亜
一方の樹里亜は年収200万円で不規則なパン工場の仕事を続けています。母親は小学生の頃に病気で亡くなり、以降トラック運転手の父親と公団で二人暮らししていますが、ここも普通の父娘の関係とは程遠く、父親は母親が病気であった時にも冷たく接し、樹里亜が一生懸命貯めたお金も100万円を競馬で溶かしてしまうような人物です。
父親の呪縛から逃れるべく、一人暮らしと大学進学を目標に頑張ってきましたがそんな折にお金の使い込みと父親が病気で倒れる出来事が起きます。樹里亜はあれだけ父親に苦しめられてきたのに、見捨てることはできないと父親の面倒を見ているのです。そばで徹夜で寄り添ったり、暴言を吐きながらも見捨てられないという樹里亜の純粋で不器用な描写がとてももどかしく感じます。
違う未来はいくらでも選べたはず
ネタバレありの前提なのでいってしまいますが、結論2人は心中します。(冒頭の新聞記事で出てきますね)樹里亜は父親から逃れて大学に通うためにお金を貯めたり、一人暮らしするため不動産を探したり。元々頭の良い樹里亜は悲惨な家庭環境に飲み込まれることなく、必死に道を切り開こうと努力しています。一方の澄雄もアルバイトしたり、自分の父親に頭を下げてお金を借りれないか頼み込んだり、行動しています。希望が見えるたびに新たな闇にのまれる。樹里亜の怒りや絶望が痛いくらいに伝わります。そしてつぶやいた「もう終わりにしたい」の言葉。澄雄も一人ではダメとあっさり一緒に心中することを決めます。
どうにか一緒に生きていく道はなかったのか。そう感じずにはいられません。澄雄も言っていましたが、「生活保護」に頼る道や、民間のボランティア団体に相談するなど、いろんな方法をとることができたのではないでしょうか。
また途中で叔母さんが父親の見舞いに来るシーンがありましたが、頼りにすることはできなかったのかと思わなくもないですが、20歳の樹里亜に何もかも任せてすぐ帰ってしまう人だったので日頃から親戚付き合いがあったわけでもなさそうです。また、樹里亜は父親の看病で寝不足続きで、正常な思考判断ができなくなっていました。睡眠不足の影響は甚大でただでさえ仕事を失ってしまったり大変なことが続いていた時に心が折れてしまったのは睡眠の影響も少なからずあったように思います。澄雄が無理矢理にでも樹里亜に寝るように仕向けてくれたらと思ってしまいます。頭の良い二人だから他に道があることがわかっていながらも、結局はこのような結末を自分で選んでいたというところが本作の肝なのだと思います。
恵まれているように見える澄雄も母親のことが心に暗い影を落としていて、友人と一緒にいてもどこか心は別にある状態だったのです。そんな時に出会った樹里亜は今まで出会ったどんな人とも違う、初めて心を通じ合えた相手だったのです。だからこそ、空虚な現実を生きるより樹里亜と共にすることを決心します。
おわりに
社会人になるとどうしても現実に追われる日々で、純粋な恋愛に触れることがなくなってきます。そんな大人がつまらないと思っていたのに気づいたらそんな大人になっていた。そんな時に出会ったこの本の二人は純粋に相手を思い、純粋すぎるが故にこのような結末を迎えます。非現実的で純粋だったことが災いしたとも思えるところがとても皮肉で、でもとても美しいそんなところに心惹かれたのかもしれません。
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